ちいさな哲学者たち

(Wed)

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世界初の試みとしてフランスの幼稚園で行われた授業“哲学のアトリエ”に
2年間にわたって密着したドキュメンタリー。
若い女性教師と、人種も民族もさまざまな3〜4歳の子供たちが
試行錯誤を重ねながら心を通わせ成長していく姿が感動的。
また、多様化する現代における教育のあり方についても深く考えさせられる。


3歳児が語る哲学に終止、驚かされる一本でした。
3歳児は、私が思っているよりも子供ではなかったことと、私よりも哲学していることにびっくり!

以下、Twitterに書いた感想。

子供のときは早く大人になりたかった。
それは出来ることが今より増えると信じてたから。
でも、実際大人になると、出来ることは子供ときより少なく感じる。
出来ること、出来ないことのジャンルが違うけど、大人になるということは子どものころ思っていたようなものではなかった。

ちいさな哲学者たち、を見て
やっぱり子供のころはみんな大人になるということに自由を感じたり、可能性が広がると思っていたことがわかる。
哲学という授業を受けた子どもたちは、この授業きっかけにして、考えることが好きになり、この先考えられる大人になっていくことだろう。

私が幼稚園で何を学んだか、全く覚えていないがこの映画の中の幼稚園のように
哲学を学べていたら、もっと考えることが好きになり、夢をみることのようにステキなことだと思える大人になれただろうか。
子どもはなにもわからないのはウソで、大人よりも先入観なく物事を考えられる。

考えるのが好きで、積極的に授業を受ける子どももいれば、隅っこで寝てる子どももいて
でもほとんどの子どもたちが自分の意見を言い、賛成か反対か、それについての理由を話し
自分や友達と考えを共有していた。それは大事なことだと思う。
私にはそのチャンスがあまり与えられなかった気がする。

自分の意見を聞いてもらったり、他の人の考えを知れるのは今やインターネットしかない気がする。
それは悲しいこと。哲学について、語り合える友達はそんなに多くない。
私はもっと話し合いたい。それでも、心は閉ざしたまま。
自分だけがそう感じているのかもという不安があるから。

頭の中の考えてることは自分以外の周りにはわからない。言葉にして伝えないと。
子どもたちは素直に頭の中にあるものを、まるで頭と口に道ができたかのようにそのまま話す。
それは大人になると、なかなか出来なくなる。なぜだろう?
頭と口の道の間を、なにか余計なものが邪魔をするようになってしまう。

3歳児が哲学をしているのをみて、私も哲学させられた。
哲学を動詞として使うのはおかしいかもしれないが。

そしてこういう意味のある授業をもっとしていくべきだとおもった。
この授業をしたことで、子供は授業での課題を家に持ち帰り親に話す。
そのことで子供と親は良い関係を築けるし、学校と家という良い連携も生まれる。

「考える」「話す」「伝える」は 子供のころ誰にでもできたはずなのに
大人になると急にそれが難しくなってしまう。
そんな世の中にしないためにも、子供のころからもっと哲学しよう。

愛とはなにか?
死とはなにか?

3歳児に問うても分からないだろう、ではない。
分からないなりに答えを探すことに意味がある。

それが人生の意味のように思えるからだ。

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